マルチナ・ヒンギスの経歴、薬物ドーピングにより引退



テニスファンでなくてもマルチナ・ヒンギスの名前を

聞いたことのある人は多いでしょう。

 

スイスのプロテニス選手です。

 

最年少記録を数多く樹立した早熟の選手として知られていますが、

愛くるしい容貌に魅了されているファンも少なくありません。

 

今回はマルチナヒンギスの経歴、薬物ドーピングにより引退した経緯をかきます。

 

輝かしい戦歴

マルチナ・ヒンギスは1994年に14歳でプロに転向し、

16歳3ヶ月で全豪オープンで優勝しました。

 

これは4大大会史上最年少の記録、

そして世界ランキングの1位になったのは16歳6ヶ月の時でした。

 

14歳って言ったらまだ中学生で、

全豪オープンを優勝した時でも高1、このことからも凄さが分かりますね。

 

17歳の時には女子ダブルスの年間グランドスラムまで獲得

シングル・ダブルスの両方で世界ランキングでトップになった選手は少数です。

 

これだけ勝ちまくったから、テニスの人気がイマイチな日本でも、

メディアがガンガン彼女を取り上げたわけです。

 

引退までにタイトル総なめ

2003年に足のケガのために最初の引退をするのですが、

それまでの約9年間の間に、以下のような結果を出してます。

 

・シングルス5勝

・ダブルス9勝

・混合ダブルス1勝

 

グランドスラム通算15勝

 

これはとてつもない記録と言っても過言ではありません

1勝することすら出来ない選手が大半ですから。

 

2006年に復帰を果たし優勝2回、準優勝2回で、

このシーズンは世界ランク7位という成績を残しています。

 

ドーピングで引退

しかし2007年にウィンブルドン選手権の、

ドーピング検査が陽性になり無実を主張しましたが、

2年間の出場停止に従わざるをえませんでした。

 

結局、2度目の引退をします。

 

最近だと自転車のツールドフランス7連覇をした、

ランスアームストロング選手もドーピングで引退しました。

 

やはりスポーツ選手で良い成績を出すには、

ドーピングがないとダメなのでしょうか?

 

一度見つかったら色々言っても

最終的にアウトになるケースが多いですよね。

 

殿堂入り

しかし2013年にはテニス殿堂入りを果たしたことから、

ダブルス選手として三度プロの世界に度ってきたのです。

 

マルチナ・ヒンギスの殿堂入りについて、

国際テニス殿堂会長のスタン・スミス氏は、

「グランドスラム15回の優勝をしているマルチナ・ヒンギスを、

世界のエリートのひとりとして疑う余地はない」と言っています。

 

個人的にはドーピングは気にならない派なんですよね、

ドーピングすれば誰でも優勝できるわけではないですし、

そこまで目くじら立てることかなーと思います。

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